《その1》
阪神大震災でも完全な状態を実証
英国製の躯体防水用減水剤コンプラストによるデンス・コンクリート(高密度コンクリート)の有効性が、あの忌まわしい阪神大震災においてほぼ完全な状態で残り、具体的に沢山のケースで実証され注目されました。
 
復興費用も削減
セメント、コンクリートを正しく利用すれば阪神大震災などの復興費用のコストは少なくとも30%は削減されると言われています。しかしながら日本ではまだまだ不純物の多いコンクリートが当たり前のように使用されているのが実情です。高品質のコンクリートを使用することによって、耐震効果はもちろんのこと、防水材料も不用になるなど、沢山のメリットがあります。
 
事例《1》
神戸市兵庫区下祇園町《アムス下祇園》
竣工:平成1年(1989年)
設計:武田建築設計事務所
施工:宮田組
使用材料:全躯体 コンプラスト211
兵庫区の北部は南部ほどの大被害はありませんでしたが、それでも住宅の倒壊はあちこちで見られました。
しかし、このビルには異常は全く見られません。
すぐに神戸市が建物の診断を行なってOKを出しています。
※調査済(応急危険度判定結果)、この建物を応急に調査した結果大きな被災は見当たりません。平成7年1月24日、神戸市災害対策本部--、と書いてあります。)
 
事例《2》
宝塚市蔵人ゆずり葉公園内《逆瀬川砂防モニュメント》
使用材料:コンプラストRP264/デックガードP20
     デックガード・システム/セムフィックス
     セボンド/各種プレコ表面遅延剤
六甲山系の表土は脆弱な花崗岩で覆われているため、昔の逆瀬川は大雨の度に大量の土砂を流出する暴れ川でした。兵庫県はこれらの土砂災害を防ぐために、明治28年に逆瀬川で初めて砂防事業に着手しました。
砂防事業100周年にあたる1991年に、西宮土木事務所によりこの砂防モニュメントが建設されました。
阪神大震災で、この5階建てビルに相当するモニュメントは、デザインからも必ずなんらかの損傷があると思われましたが、全く無傷でした。

この大震災で兵庫県下のコンプラストのコンクリートを使用した建物はほとんど損傷を受けていませんでした。
このモニュメントの場合は、混和剤にコンプラストRP264を使用したため、スランプ維持が充分で生コンが複雑な鉄筋の間を縫うように流れ、仮枠内に完全に収まってから凝結凝固が始まったために、完全に残ったと思われます。

RCはコンクリートと鉄筋が一体化して初めてその利点を発揮します。
コンプラスト特有のネズミ色の、いかにも腰の強そうな粘りのあるコンクリートが成功の原因だったと考えられます。
もちろん、コンプラストは空気を連行しないため、強度・密度の増強に著しく役立っていることは言うまでもありません。
 
事例《3》
神戸市中央区港島《ノエビア神戸ビル》
竣工:昭和62年(1987年)
設計:KAC
施工:竹中工務店
使用材料:全躯体 コンプラストRP264
     外 壁 ウエテキシS
液状化現象や地割れで港湾施設に大打撃を受けたポートアイランドにある、ノエビアの本社ビルです。
上の写真を見ると、玄関前に液状化で吹き出た泥が大量に残り、地盤沈下による段差や崩れが見られます。
しかし、コンクリート構造体にクラックや故障は見られません。
激震の後でもコンプラストコンクリートの特有のち密で美しい仕上げを維持しています。
 
事例《4》
神戸市灘区備後町2丁目集合住宅《プレシオ六甲道》
竣工:昭和60年(1985年)
設計:平賀久生建築研究所
施工:佐伯建設工業
使用材料:全躯体 コンプラストRP264
     その他、リトリン、RDM2073など
最も被害の大きかったJR六甲道の南地区です。
倒壊した建物の多い中、プレシオ六甲道だけが健全なまま残っています。
全壊した八幡商店街アーケードです。右側の全く被害を受けていない建物がプレシオ六甲道です。
 
事例《5》
芦屋市大原町《POTORA(ポトラ)》
竣工:昭和63年(1988年)
設計・施工:吉岡工務店
使用材料:コンプラストRP264
RC造やSRC造の建物にも大きな被害が出たJR芦屋駅周辺で、活断層の真上です。さすがにコンプラストを使用したRC造の建物にも地震の影響が見られる地域です。
上の写真が「ポトラ」です。1階のショーウインドウが割れてベニヤで応急補修をしています。
左の写真はコンクリート躯体に入ったクラックです。
しかし、致命的なものではなく小規模な改修工事で復旧できるものです。
ビルの裏側の壁面には異常はありません。
写真では見えにくいですが、北側にあるビルは1階が潰れ、また向側の大規模複合ビルは、地震による影響で全面立入禁止になっています。
 

《その1》《その2》《その3》《その4》